団塊の世代とあべ静枝

団塊の世代とあべ静江
ある時、関西で開かれた学会の研究発表会に出席し、懇親会の後の二次会に参加したことがある。
そこはいわゆるカラオケの設備のある店で、同行した出版社の社長がまず歌ったのが、あべ静江の「コーヒーショップで」であった。率直に言って私は驚いた。通常は、例え若い時代に「コーヒーショップで」の歌手に強い関心を抱いたことがあったとしても、他人にそれをいうことはない。レコードショップでレコードを買うときも、怪しい買い物をするかのようにコートの襟を立てる。その時も私は若い時代に購入した「コーヒーショップで」や「みずいろの手紙」、「突然の愛」の3枚のLPレコードを保存していたが、あまり口外したことはなかった。このとき「コーヒーショップで」を歌った人物が経営する出版社が発行するのは、主として行動科学関係の専門書で、研究者や大学・大学院生が使用するものだ。経営者自身が大学で心理学を専攻している、いわばインテリだ。私は、「あべ静江の歌を還暦近くになって歌う人がいるとは驚きだ。思わぬところにライバルがいたとは」と冗談を言ったが、それはひとつの新しい発見であった。つまり、団塊の世代のインテリの中に、「隠れあべ静江ファン」がいることを確信したのだ。彼らは、あべ静江のコンサートに行ったり、レコードを購入したりはしないが、若い時代にひとつの強い印象を受けた歌謡曲のひとつにあべ静江の「コーヒーショップで」があるのは間違いないと思ったのだ。

あべ静江は、1973年5月25日、「コーヒーショップで」(阿久悠作詞、三木たかし作曲)でデビューした。それはオリコンのベストテンになり、シングルの売り上げ枚数は28万枚を記録した。そして、9月25日に発表された「みずいろの手紙」がヒットし、年末の第15回日本レコード大賞新人賞を受賞した。そして翌年、1974年6月9日には、最初のリサイタルが、中野サンプラザで開催され、当時武蔵野市に住んでいた私も恥ずかしさに後ろ髪をひかれながらも参加したのである。

当時は、安田講堂の陥落や浅間山荘事件等で、「実存の頽落」を感じて落ち込んでいた団塊の世代の人たちもなんとか就職し、生活や仕事の足掛かりができつつある時代であった。そこに登場したあべ静江はまるで妖精のようで、夢や理想を失いつつあった青年たちに、清新な活力を与えたのである。それはまるで三重県松阪市阪南町を流れる清流のようにさわやかでもあった。実際のあべ静江本人は、弁論大会で時間を超過しながら熱弁をふるい、両脇を抱えて引き摺り下ろされるほどの活発な人物で、根性も強く、深い知性ばかりか、体力さえ群れを抜くほどの人物である。あれから40年、還暦を過ぎたあべ静江は、8月20日に中野サンプラザで開催される「昭和HitoSong同窓会コンサート~あの日に帰る歌がある~」の舞台に立つ。
【写真】1974年開催された最初のリサイタル。Photo by Chishu Endo
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