成城とあほばらには実は深い関係が。

限られた人々が居住する成城と、東北の極貧の村の象徴である「あほばら」には、実は深い関係がある。

現在、この街の「成城大学民俗学研究所」の母体となった柳田文庫の中に含まれている柳田國男の著書『木綿以前のこと』(昭和17年刊)には、「あほばら、こと、阿保原地蔵」が紹介されている。それは宮城県登米郡(当時)の女性からの話として、奥州三澤の「阿保原地蔵」の方角に向かって煙草に火をつけ、拝むと虫歯などの口中の病が治癒するというものだ。これは、煙草関係の研究文献や虫歯関連の文献の中にも広く紹介されているもので、その背景までは柳田國男は究明することがなかったものの、民俗学研究のひとつの事象として記録されている。

「阿保原地蔵」の民俗学的・歴史的側面については他の場所でも調査結果を発表しているので、ここでは、成城とはゆかりの深い柳田國男のことにだけに触れておきたい。合わせて、成城大学の学長を務めた我妻健治氏は、宮城県白石高等学校における私の先輩であり、いくつかの機会にお世話になったことがある。とりわけ、我が故郷出立の際の恩人である故飯沼洋三氏の同級生としても重要な存在であった。

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(写真は宮城県白石市大鷹沢三沢和尚堂43番地にある「阿保原地蔵」、寛文7年、1667年造立)

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