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あほばら―成城だより

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あほばら―成城だより
ブログ紹介
AHOBARA: Seijo Dayori
宮城県の貧しい禅寺で生まれ、15歳の時に履物問屋で働き、16歳でキリスト教入信。18歳で上京して神学校入学、26歳で外資系出版社に入社して10年間勤務、マーケティング部長で退職し、36歳で独立。世界最初の日本語によるオンライン百科事典等を開発。現在成城2丁目に住み、文芸評論等を執筆。日本情操文化研究所主宰。

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タイトル 日 時
おかげさまで71年(1945−2016)
おかげさまで71年(1945−2016) おかげさまで71年(1945−2016) ...続きを見る

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2016/03/06 02:35
路傍に生きる
路傍に生きる 路傍に生きる ...続きを見る

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2014/09/30 20:53
軽井沢の40年
軽井沢の40年 軽井沢の40年 ...続きを見る

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2014/09/02 18:59
あほばらの夏、2014
あほばらの夏、2014 あほばらの夏、2014 ...続きを見る

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2014/08/28 21:17
団塊の世代とあべ静枝
団塊の世代とあべ静枝 団塊の世代とあべ静江 ある時、関西で開かれた学会の研究発表会に出席し、懇親会の後の二次会に参加したことがある。 そこはいわゆるカラオケの設備のある店で、同行した出版社の社長がまず歌ったのが、あべ静江の「コーヒーショップで」であった。率直に言って私は驚いた。通常は、例え若い時代に「コーヒーショップで」の歌手に強い関心を抱いたことがあったとしても、他人にそれをいうことはない。レコードショップでレコードを買うときも、怪しい買い物をするかのようにコートの襟を立てる。その時も私は若い時代に購入した「コ... ...続きを見る

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2014/07/03 21:28
茨木のり子展を見てきた。
茨木のり子展を見てきた。 ...続きを見る

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2014/06/30 07:38
成城にゴジラ出現
成城にゴジラ出現 これは、ゴジラ映画誕生60周年を記念して、東宝撮影所の外壁に描かれたもの。 「ゴジラ」の由来は、当時東宝社員であった網倉志朗さん(後に演芸部長)の綽名「グジラ」から採られたという。網倉さんは立教大学時代からラグビーの選手で、1948年に設立された40歳代以上の人々によるラグビー組織「不惑倶楽部」の副会長も務められた。日本山岳会に属する山男であり、そのことからもおそらくがっしりした体格であったのであろう。容貌や体はゴリラに似ており、クジラの肉が好物であったという。ハリウッドの映画監督ジョ... ...続きを見る

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2014/06/23 20:37
日録―最終章のはじまり
日録―最終章のはじまり ...続きを見る

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2014/01/21 14:28
あまりにも素朴な構図、猪瀬直樹氏の私的借入金。
あまりにも素朴な構図、 猪瀬直樹氏の私的借入金。 ...続きを見る

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2013/11/24 22:40
科学は「永遠の夢」か。『反原発』で人間は猿になる?
科学は「永遠の夢」か。 『反原発』で人間は猿になる? 2012年3月16日、87歳で死去した吉本隆明は、生前、「『反原発』で猿になる」と語ったと伝えられている(「『吉本隆明』2時間インタビュー『反原発』で猿になる!」(『週刊新潮』2012年1月5・12日号)。驚いたのは「猿の惑星」に住む猿たちだろう。『猿の惑星』は、フランスの小説家ピエール・ブールの小説をもとに20世紀フォックスが1968年に公開した映画だ。その続編である『続・猿の惑星』では、前作に登場した宇宙飛行士テイラーが行方不明... ...続きを見る

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2013/11/18 08:58
単機出力日本一の地熱発電所のある町から今年も届いた新米
単機出力日本一の地熱発電所のある町から今年も届いた新米 単機出力日本一の地熱発電所のある町から 今年も届いた新米 ...続きを見る

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2013/10/26 13:51
高崎映画祭の創始者茂木正男さんがいた教会
高崎映画祭の創始者茂木正男さんがいた教会 高崎映画祭の創始者茂木正男さんがいた教会、 ...続きを見る

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2013/10/20 23:16
茂木正男さんに電話しよう。
茂木正男さんに電話しよう。 ...続きを見る

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2013/05/29 20:19
カテリーナの森から生まれた古楽器達―今日から早稲田“LIFT”で、baobabも出演か―
カテリーナの森から生まれた古楽器達―今日から早稲田“LIFT”で、baobabも出演か― カテリーナの森から生まれた古楽器達 ―今日から早稲田“LIFT”で、baobabも出演か― ...続きを見る

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2013/03/22 11:45
「がんがら橋」から50年。
「がんがら橋」から50年。 「がんがら橋を渡るとサットの家だった」というのは、就学前の長女を寝かしつけるために毎晩語り聞かせた「大鷹沢物語」の冒頭の一節だ。この橋(雁狩橋)は、私が生まれた宮城県刈田郡大鷹沢村と、東北本線白石駅のある白石町を結ぶ主要な橋で、「斎川」という川に架けられている。斎川という地名は奥州街道の「斎川宿」で、「斎川」は、福島県との県境に接する越河を出発して白石川との合流点までの14.835メートルの河川だ。 ...続きを見る

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2013/03/11 20:54
今年も出荷が開始された福島の新米
今年も出荷が開始された福島の新米 今年も出荷が開始された福島の新米 ...続きを見る

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2012/10/28 10:49
大島正健とその一族
大島正健とその一族 上京して5年目、神学校の最終学年であった1967年は、それまでの神学校生活の中で最も密度の濃いものであった。その年の夏休みはもちろん、すでに新学期が始まってからの3ヵ月間にも様々な経験をすることとなった。 ...続きを見る

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2012/06/23 17:59
目黒への帰還
目黒への帰還 目黒の神学校本館の工事が完成したのは1967年3月のことであり、15日には所沢から目黒への帰還を果たし、その年の卒業式は、3月17日(金)新装成った校舎で行われた。翌日から神学校は春休みに入り、私は春休みの期間は故郷に帰ることを決意し、3月22日(水)、すでに天拝院を去って、麻生寛道市長の斡旋で白石市寿山の市営住宅に入居していた母のところに到着した。当時、母は自衛隊を退官して白石市内の工場に就職していた三番目の兄と同居していた。白石を出発したのは4月9日(日)であるから、この時私は、1963年4... ...続きを見る

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2012/05/27 09:06
所沢へ、1966年10月
夏休みの終了と共に、私たちは、新しい場所である所沢の臨時校舎に集合することになった。住み込みで働いていた目黒のサンコー堂書店からの荷物の搬出は、10月15日(土)の深夜、店主野田興市氏の友人である田中某氏が車を提供し、田中氏自ら運転していただいた。車の運転を行わない割には移動や引っ越しの多かった私は、荷物の搬出や搬入で実に無数の人々のお世話になったが、この田中氏はそのような恩人の一人である。 ...続きを見る

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2012/05/20 11:41
アリストテレスがGMを経営したら(書評)
アリストテレスがGMを経営したら(書評) 以下は、下記書籍の書評であり、『情操と文化』(2003年10月)に掲載されたものだが、あえてここに再録したい。 ...続きを見る

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2012/05/15 06:33

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