おかげさまで71年(1945-2016)

おかげさまで71年(1945-2016) 1945年3月、宮城県刈田郡大鷹沢村(現在の白石市大鷹沢)三沢字和尚堂43番地にて出生。赤貧洗うがごとき幼少年時代を過ごす。1963年、上京、以後1970年1月まで神学校で学ぶ。1971年-1981年、米国系出版社勤務。1981年、日本マイケルを創業、後に営業譲渡、日本マイケル株式会社とし…
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路傍に生きる

路傍に生きる 出発の地  すでに終着点の見通しを立てなければならない時に至って、少し自分のことを明らかにしておきたいと思います。  私は、昭和20年(1945年)3月、まだ収束することのない戦争の中、宮城県刈田郡大鷹沢村の「天桂院」という臨済宗妙心寺派住職の四男として生まれました。小学2年生から花売りをした経験もあり、自分の生…
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軽井沢の40年

軽井沢の40年 軽井沢をはじめて訪れたのは、1974年か1975年頃ではなかったかと思う。職場の同僚たち10人ほどで貸別荘を利用して滞在した。このときは、現在の外回りの循環バスのコースを自転車で回り、早朝ひとりで離山の頂上に登ったこともある。これは二つの夏にわたって行われ、三度目は、二月頃、雪が大量に積もっている季節に、当時出…
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あほばらの夏、2014

あほばらの夏、2014 去る8月24日、故郷で開かれた「古希を祝う会」に出席した。昭和35年3月に中学校を卒業したのは、71名で、そのうち、存命者は63名、出席者は29名で、半数は地元の人々である。長年同期の人たちと「申酉会」という組織をつくり、地元の人たちが中心になって集まりを企画し、運営してきたが、すでに高齢となったので、すで…
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団塊の世代とあべ静枝

団塊の世代とあべ静江 ある時、関西で開かれた学会の研究発表会に出席し、懇親会の後の二次会に参加したことがある。 そこはいわゆるカラオケの設備のある店で、同行した出版社の社長がまず歌ったのが、あべ静江の「コーヒーショップで」であった。率直に言って私は驚いた。通常は、例え若い時代に「コーヒーショップで」の歌手に強い関心を抱いたことがあっ…
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茨木のり子展を見てきた。

茨木のり子展を見てきた。 去る6月21日(土曜日)、上北沢からの帰りに芦花公園で下車し、世田谷文学館で開催されている「茨木のり子展」を見た。 「現代詩の長女」といわれる茨木のり子の作品は、清冽で、飾らぬことばによってストレートに人のこころに届く特徴がある。「わたしが一番きれいだったとき」はその中でもおそらく最もよく知られてい…
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成城にゴジラ出現

これは、ゴジラ映画誕生60周年を記念して、東宝撮影所の外壁に描かれたもの。 「ゴジラ」の由来は、当時東宝社員であった網倉志朗さん(後に演芸部長)の綽名「グジラ」から採られたという。網倉さんは立教大学時代からラグビーの選手で、1948年に設立された40歳代以上の人々によるラグビー組織「不惑倶楽部」の副会長も務められた。日本山岳会…
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日録―最終章のはじまり

日録―最終章のはじまり 2014年1月20日(月) 思うところがあって、今日から「日録―最終章」というブログを始めることにした。その直接的な動機は、2008年11月15日に61歳で亡くなった高崎映画祭創始者茂木正男さんの遺著『モギマサ日記―僕と映画と仲間たちと』(シネマテティークたかさき,2010.4)を読んだことだ。 …
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あまりにも素朴な構図、猪瀬直樹氏の私的借入金。

あまりにも素朴な構図、 猪瀬直樹氏の私的借入金。 昔、友人の弁護士から、たまたまゴルフ場で知り合った人物とプレイして勝ち、別れ際に相手から銀行の口座番号を尋ねられたので教えたところ、後日500万円が振り込まれるという事件があったことを知らされた。犯罪の手口のひとつとして本当の「振り込み」型犯罪の存在することをその時に知った。世の…
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科学は「永遠の夢」か。『反原発』で人間は猿になる?

科学は「永遠の夢」か。 『反原発』で人間は猿になる? 2012年3月16日、87歳で死去した吉本隆明は、生前、「『反原発』で猿になる」と語ったと伝えられている(「『吉本隆明』2時間インタビュー『反原発』で猿になる!」(『週刊新潮』2012年1月5・12日号)。驚いたのは「猿の惑星」に住む猿たちだろう。『猿の惑星』は、フランスの…
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単機出力日本一の地熱発電所のある町から今年も届いた新米

単機出力日本一の地熱発電所のある町から 今年も届いた新米 収穫の秋を迎えて、会津の新米を今年も送っていただいた。今年の米は昨年よりも粘りや旨みが増し、焼いた魚や季節の野菜ととてもよく合うようだ。私の場合の消費は3ヵ月で10キロほどだが、最近一食で一合を食べることも多い。 この米は福島県柳津町の農家が生産するもので、耕作地は…
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高崎映画祭の創始者茂木正男さんがいた教会

高崎映画祭の創始者茂木正男さんがいた教会、 去る9月29日(日曜日)の午後、前橋聖契キリスト教会で開催された同教会創立50周年記念式典に参加した。それは、この教会の草創期である1965年3月~1966年3月に、当時神学校の学生であった私が、実習生として宣教師の補佐をすべく滞在したからである。 当時この教会は、「前橋クリス…
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茂木正男さんに電話しよう。

茂木正男さんに電話しよう。 是枝裕和監督の作品『そして父になる』が第66回カンヌ国際映画祭で審査委員賞を受賞した。もし天国に電話が通じているならば、誰よりもこのことを高崎映画祭の創始者である茂木正男さんに知らせてやりたい。 茂木さんは是枝監督が『幻の光』という作品でデビューした頃(1995年)から是枝監督の作品を支持し、応援…
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カテリーナの森から生まれた古楽器達―今日から早稲田“LIFT”で、baobabも出演か―

カテリーナの森から生まれた古楽器達 ―今日から早稲田“LIFT”で、baobabも出演か― いつもは国東半島の南端部、大分県杵築市で古楽器の製作を行っている「カテリーナ古楽器研究所」が、今週は東京で古楽器の展示と演奏会を開催している。青山CAYで3月17日(日)、19日(火)に開催された展示と演奏会は既に終了したが、本日、3月2…
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「がんがら橋」から50年。

「がんがら橋を渡るとサットの家だった」というのは、就学前の長女を寝かしつけるために毎晩語り聞かせた「大鷹沢物語」の冒頭の一節だ。この橋(雁狩橋)は、私が生まれた宮城県刈田郡大鷹沢村と、東北本線白石駅のある白石町を結ぶ主要な橋で、「斎川」という川に架けられている。斎川という地名は奥州街道の「斎川宿」で、「斎川」は、福島県との県境に接する越…
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今年も出荷が開始された福島の新米

今年も出荷が開始された福島の新米 お世話になっている方を通じて、福島の新米を今年もいただいた。米は自然の恵みを多く含むものであるが、同時に生産者の手間や思いによっても左右されるダイナミックなものだ。父祖の地を福島としながらも、少年時代、朝目覚めてすぐに、家には一粒の米もないという現実のシビアな体験から、自分は米に対して特別の思いが…
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大島正健とその一族

上京して5年目、神学校の最終学年であった1967年は、それまでの神学校生活の中で最も密度の濃いものであった。その年の夏休みはもちろん、すでに新学期が始まってからの3ヵ月間にも様々な経験をすることとなった。 当時参加していた東京聖書教会では、教会学校の教師として小学科を担当することとなり、私のクラスは小学5年生であった。新しい学期を…
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目黒への帰還

目黒の神学校本館の工事が完成したのは1967年3月のことであり、15日には所沢から目黒への帰還を果たし、その年の卒業式は、3月17日(金)新装成った校舎で行われた。翌日から神学校は春休みに入り、私は春休みの期間は故郷に帰ることを決意し、3月22日(水)、すでに天拝院を去って、麻生寛道市長の斡旋で白石市寿山の市営住宅に入居していた母のとこ…
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所沢へ、1966年10月

夏休みの終了と共に、私たちは、新しい場所である所沢の臨時校舎に集合することになった。住み込みで働いていた目黒のサンコー堂書店からの荷物の搬出は、10月15日(土)の深夜、店主野田興市氏の友人である田中某氏が車を提供し、田中氏自ら運転していただいた。車の運転を行わない割には移動や引っ越しの多かった私は、荷物の搬出や搬入で実に無数の人々のお…
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アリストテレスがGMを経営したら(書評)

以下は、下記書籍の書評であり、『情操と文化』(2003年10月)に掲載されたものだが、あえてここに再録したい。 [書 評] トム・モリス(沢崎冬日訳)『アリストテレスがGMを経営したら―新しいビジネス・マインドの探求』(ダイヤモンド社,1998). (原著:Tom Morris. If Aristotle Ran Genera…
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