日録―最終章のはじまり

日録―最終章のはじまり

2014年1月20日(月)

思うところがあって、今日から「日録―最終章」というブログを始めることにした。その直接的な動機は、2008年11月15日に61歳で亡くなった高崎映画祭創始者茂木正男さんの遺著『モギマサ日記―僕と映画と仲間たちと』(シネマテティークたかさき,2010.4)を読んだことだ。

それは、茂木さんが生前にウェブで発表していた日記をもとに仲間の人たちが茂木さんの死後整理・編集して出版されたものだ。とりわけ、舌ガンの最初の手術から2度目の手術、そして死に至るまでの日常が描かれている箇所は、茂木さんの最晩年の様子や考えを知るうえではとても貴重なものと思っている。

2008年11月23日に私はある会合に出席するべく故郷の宮城県白石市に向かった。その際自分の生涯の最終章が始まったことを自覚し、「終わりへの道」という文章を書き始めたが様々な事情で中断してしまった。そしてこれまでの間にも東日本大震災や原発事故が故郷とその周辺で起こり、自分の親戚や友人たちも被災した。

自分はこの間にもいくつかの課題を生涯で達成しなければならないものとして自覚するようになった。だが、与えられている時間やその他のリソースは、必ずしもそれらの課題を願い通りに実現するものではない。その意味において、たとえ不完全なかたちであれ、自分の役割と自己が確信している語るべきことばをなんとしても語っておきたいと考えるようになった。

奇しくも1970年の今日、1月20日は、当時在学していた日本基督神学校の宇田進教授(ディーン兼務、現在東京キリスト教大学名誉教授)に退学届を提出した日である。私は1963年4月5日に、キリスト教会の牧師となるべく、故郷の「がんがら橋」を渡り上京した。そして、1970年1月に発行された冊子『新しき声』(編集人筆者、発行人柴田有元明治学院大学教授)に「さよならの総括」という一文を掲載して退学したのである。そしてその年の7月には、キリスト教ファンダメンタリズム批判の書を発表し、以来、一労働者として歩むこととなった。

しかし、語ることばを失ったのではない。生きている限り語り続けることが私のそしてこのブログの唯一最大の使命である。


オリジナルブログ:http://ameblo.jp/seijodayori/
日本情操文化研究所URL: http://akerma.co.jp/jisc/

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